450: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)13:47:49 ID:V56udzj77
うちは父がオドオドした気弱な人で、母は兄命な人だった。
私の3つ上の兄は、膿家でも旧家でもなんでもないのになぜか「俺は跡取り」とふんぞり返っていた。
私の幼少期に祖母が一時期兄を預かっていた時期があったらしく、そのせいかもしれない。
祖母は私が小学生になる前に亡くなったから、私はあまり記憶にないが、いろいろあったらしい。
兄は9歳で私たち家族の元に戻り一緒に生活を始めたが、狭い社宅で祖母宅から戻った兄にひと部屋与えられていた。
祖母が買い与えた家具などが収まらなかったからだと思う。
6畳の部屋が3つあり、一つは兄の部屋、一つは両親と私が布団を並べ寝る部屋、もう一つにコタツやテレビがあり
居間として使っていたのだが、兄はこの居間のテレビの真正面から動かない人だった。
こちらに戻ってきてから少年野球を始めたが高校に入る前に辞めてしまい、それからものすごく太った。
そして癇癪持ちだった。コタツが部屋の真ん中にあり、兄は壁に持たれてテレビを見る。
こたつの向こう側へ行こうとすると兄の後ろか、テレビの前を通らねばならないのだが、横切ろうものなら
リモコンを投げつける、お茶の入った湯呑を投げつける、ティッシュの箱ならまだマシだった。
兄がテレビを見ているときは家族全員ビクビクしていた。ゲームを始めるともう2時間はその部屋には入れない。

私が中学生になった頃から、兄から暴力を振るわれるようになった。無言で突然後頭部を叩いてきたり、
食事中に学校であったことを両親に話している私の脚を、テーブルの下で脚を蹴ってきたり。
私は父のように気弱でもなく、母のように盲目でもないし、兄と対等の立場と思っていたので、
その都度言い合いになるのだがいつも私が我慢するように言われていた。
当時私は中学2年生。兄は不登校な17歳。両親共働きだったので、私は部活もできず下校して、買い物に行き洗濯物をとりこみ
掃除機をかけ夕食を作らねばならなかった。兄は一日家にいるが一切なにもしなかった。
その日も急いで家事をしなくちゃと思っていたが、内心はクラスメイトと文化祭の準備をしたかった。
なんで自分だけこんなおばさんくさいことしなくちゃいけないんだろう。
なんで兄は何もしないのにいろいろ買ってもらっているんだろう。
と、不満がたまりに溜まっていた。母に訴えたこともあったが母は「お兄ちゃんは苦しんでいるの。家族なんだからわかってあげなきゃ」
「お父さんもお母さんも苦労して育てているのに、なんでわからないの?」と、泣き出すのでこちらも苦しいし改善は望めなかった。
その日、帰宅した私に兄が買い物に行くなら○○(お菓子の名前)買ってこいと言われ、我慢できずについに苦情を言った。
みるみる顔が赤くなったと思ったら、お前!なんなんだよ!お前!なんなんだよ!って絶叫されて
コタツの上にあったものすべて投げつけられ、顔を庇って背を向けたら激痛が背中にあって、そのあと気を失ったみたいだった。
後から聞いたら、コタツの天板を投げつけられていた。左太ももの骨を骨折していた。

451: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)13:50:00 ID:V56udzj77
そんな兄が唯一逆らえない人がいた。それが父の姉である伯母さん。
伯母さんは父と違い、きりっとしていて祖母に似ている。だが自分は結婚はしない。と、自立して都会で生活していた。
伯母さんは私のことも可愛がってくれて、たまに来ると一緒に服を買いに行くのが楽しみだった。
気弱な父だったが、さすがに見かねて伯母さんに相談したらしく、伯母さんは飛んで来てくれた。
その結果、伯母さんと暮らすことになり、進学もそちらの学校からすることになった。
どうやら兄は気を失った私の胸ぐら掴んで殴っていたらしく、制服のブラウスのボタンがちぎれていて胸が下着はつけていたけど
はだけていた。性的な暴行はないと思うが、念の為に別々に生活させようということになった。

それからはもう、別世界だった。
綺麗で広いマンション。私だけの部屋。伯母さんと新生活の為に家具や服などを田舎にはないお洒落なお店を巡って買った。
仕事が不規則で、夜勤もある伯母の為に家事をやるのはなんの苦もなかった。
そして進学し18歳の時に伯母と養子縁組をし、伯母は母になった。
兄には一切会うことはなかった。兄の葬式で対面するまで。

兄は高校を中退し、近所にあった工場で働いていた。
そこでも度々トラブルを起こしているのだが、毎回実母が泣きながら「あんた雇ってくれるところないんだから」と説得して
社長に謝罪にいっていたらしい。兄は35歳で亡くなった。最後は糖尿病から腎不全になっていた。
定年した父と母は退職金で買ったマンションで静かに暮らしていたが、6年前に実母が3年前に実父が旅立った。
兄はなにか障害をもっていたのだろうか。お兄ちゃんは病気なの?と聞いても実両親は一切教えてくれなかった。
母には病気なんかじゃない!と怒鳴られたので、二度と聞くことはなかった。
伯母は「自閉症気味で幼稚園に馴染めなかった兄に祖母があんたは世界一偉いんだからねって教えたんだよ。」と話してくれた。
それだけが兄をあんな風にしたのかわからない。
今でも私は伯母(養母)と暮らしている。家庭を作る自信がもてず、このまま伯母と静かに歳をとって暮らしていけたらいいかなと思っている。



今までにあった修羅場を語れ【その5】
引用元:http://open02.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1410252925/